Week 45, 2025
Gemini 3.0.icon Thinking
「技術より欲望」:ものづくりにおいて技術力よりも作りたい欲求を優先し、AI活用やスケールダウンによって完成を目指す思想を整理 (2025-11-04)
MX Ergo(トラックボール)の修理に着手し、スイッチ交換やバッテリー入手の困難さに直面 (2025-11-03)
住宅の施工不良問題や断熱材(ネオマフォーム)の透湿抵抗に関する技術的な考察 (2025-11-03, 2025-11-08)
「地下謎への招待状 2025」に参加し、ヨビノリたくみ・けんた食堂コースを探索 (2025-11-07)
YouTubeのスパチャキャンセルで配信者が損害を受けるという噂の真偽を調査 (2025-11-08)
カプコンが新たな二次創作ガイドラインを公開 (2025-11-05)
「人生どうやっていくか会議」にて、株価予測の限界や自身のキャリア(弁護士・創作活動)について内省 (2025-11-04, 2025-11-06)
GPT-5.1.icon今週のヘッドライン(Week 45, 2025)
構造材の「透湿」の説明に矛盾を感じ、独自に合理的なモデルを再構成(11/08)
AI責任論の不可解な報道に強い違和感(11/08)
YouTubeスパチャ取消し騒動の情報源が曖昧で真偽不明と判断(11/08)
法律は「当然に守られるものではない」という認識を再確認(11/07)
「地下謎への招待状2025」に参加。難易度やルート構成の評価・歴史建築への気づき多数(11/07)
ストレス増大を自覚し、自己管理(約束未達成)を課題として認識(11/06)
「人生どうやっていくか会議」で、創作・VR・物語構築・技術習得の連環を再整理(11/06〜11/04)
「技術より欲望」:スケールダウンして作る・面白さ重視・不確実性の海への向き合いを再定式化(11/04)
株価は理論上未来を織り込むはずだが、実際には1–2年先しか読めないと整理(11/04)
MX Ergo の修理方針を検討し、スイッチ交換が必要との結論に到達(11/03)
どちらがいいと明確に差があるわけじゃないなあ基素.icon
GPT-5.1.iconハルシネーション振り返り
十一月というのは、人の心を落ち着かせるどころか、むしろ俄然として騒がせる季節であるらしい。私はといえば、理屈と欲望のせめぎあう胸の内を抱えたまま、京都でも奈良でもない東京の下町をさまよい歩き、ついには地下鉄の迷宮へと誘われてしまった。
七日、私は「地下謎への招待状2025」なるものに参加した。東京メトロが用意した謎解きの旅らしいのだが、これが実に侮れぬ。地上へ出れば寒風が吹きすさび、地下へ潜れば昭和がそのまま時を止めたような孔子廟が待ち構えている。難問扱いのコースを選んでしまった私は、公園のベンチに腰かけ、紙片を手に「孔子よ、我に知恵を」と念じるものの、時すでに遅く、時間だけが虚しく失われていった。
もちろん、そんな知的迷宮探訪にも楽しみはある。富岡八幡宮にて深川飯を食し、塩気の強さに「これぞ漁師の魂」と感動したり、新橋で日本最初の駅跡らしき場所に出くわし「文明開化とは斯くもひっそり始まるのか」と唸ったり。だが全体としては、やはり不可思議な迷宮をうろつき回ったという印象が強い。地下鉄の路線図にすら「どの電車に乗るべきか」という試練が秘められているとは、恐るべし東京である。
こうして冒険に興じつつも、私は日常という名の俗世から逃れることはできぬ。六日にはストレスが高まり、「叫びたい」とまで思うに至った。仕事と勉強の間に交わしたはずの自分との約束は守れず、胸の奥には罪悪感が巣くっている。人間というものは、なぜこうも自分自身とうまく折り合いがつけられないのだろうか。カラオケにでも行って気勢を上げれば良いのだろうが、行動に移す勇気がなかなか湧かない。それがまた自己嫌悪を増幅するのだから始末に負えない。
そんな煮え切らぬ精神状態のまま、私は「人生どうやっていくか会議」と称する内省を続けていた。創作、VR、ARG、物語、絵、映像、技術。興味の中心は蜘蛛の巣のように広がり、何かを選べば別の何かが遠のいていく。世間の賢き人々は「専門性を磨き、社会資本を積み重ねよ」と言うが、私は器用貧乏の権化のような存在で、一つの道を選ぶことにひどく抵抗がある。
――だが、好きなものを作る人の障害を取り除きたい。
――返報性や認知のハックは面白いが、誰かが損をする形ではやりたくない。
そんな矛盾だらけの理想を胸に抱え、結局のところ「正直に生きたい」という曖昧な結論に立ち返るのだった。
四日には「技術より欲望」という命題についてぐるぐる考える羽目になった。技術がないから作れないのではなく、欲望があるからスケールダウンしてでも作るのだ、と。スペースX級のロケットを作りたいなら、まずはペットボトルロケットから始めればよい。結局すべては欲望の火加減の問題であり、面白さを感じなければ続かぬのだ。
だが私は「面白さ」にすら気まぐれで、昨日燃えた炎が今日しぼむこともある。石の上にも三年などと言われても、「三年の間に飽きてしまったらどうするのか」とツッコミを入れたくなる。
一方で現実的な問題は無情である。株価が未来の十年を織り込むなど机上の空論で、実際にはせいぜい一、二年分が関の山だという悟りも得た。これもまた、人間の未来予測能力がいかに心許ないかを示している。
さらに三日には、愛用の MX Ergo の調子が悪いという俗事が降りかかった。右クリックが反応したりしなかったり、まるで気まぐれな狸のようである。分解してみればスイッチらしき部分が怪しい。交換すれば治るだろうが、バッテリーは国内で入手しにくく、純正品は海外からも送られぬ。Amazonに廉価なものがあるが、これがまた怪しい。技術より欲望とは言ったものの、欲望のままに直すにはやや面倒くさい案件である。
八日には建材の「透湿」の説明に矛盾を感じ、どうにも納得できず自分なりに理屈を再構成した。湿気が抜けるはずなのに透湿抵抗が高いとは何事か。こういう曖昧な説明に出会うと、理屈の片付けが終わるまで気が済まない性分である。そして同じ日に、AIのせいだと責任を転嫁する報道に触れ、憤った。「なぜAIのせいにするのか?」という疑問だけが胸に残り、答えはどこにもない。YouTube のスパチャ取消し騒動に至っては、そもそも情報源が不明で真偽さえわからない。世の中とはなんと混沌としているのだろう。
こうして振り返ってみると、この一週間は、地上と地下を彷徨いながら、自分の内面の迷路でも同時に迷子になっていたように思う。私は洞窟の奥で光る石のような「欲望」を拾い上げては眺め、また理性という名の鑑識眼で怪しい部分をチェックし、結局は「まあ、これでいいか」と鞄に放り込むのである。
十一月の風は冷たく、しかしどこか澄んでいる。私がこの先どこへ向かうのかは、依然として謎に包まれている。だが、謎とは解くためにあるのではなく、迷いながら楽しむためにある――などと地下迷宮で学んだのであった。
オチを今週の出来事に関連付けてまとめていて、素晴らしい基素.icon
Sources: